人生は9割は直感

トラブルが発生した時や仕事がうまくいった時に、「直感通りだ」と思ったことはありませんか?

やっぱり直感なのか?

同僚が協力会社に資料を依頼しているのを聞いていて、「この依頼の仕方はなんか嫌だ」と思ったら案の定先方の社長から「協業できないかもしれない」とのメール。

営業がお客様に説明してるのを聞いて問題ないはずの説明なのに「嫌な気がする」と思っていると、 後日状況が変わってその時の説明が致命的な問題になってしまう。

全然参加プロジェクトが決まらない部下の面談をしようとセッティングしたら、話もせずに「飲み行く」と言う気分になり後日聞いたら「あの日辞めようと思っていたけど、飲みに行って少し頑張ろうと思いました」と言われる。

すでに別のASPの採用で決めているのに知らない製品を営業が押し込んで来た時、「置き換えるんじゃなくてASPの補完的に使うから、 そう言う使い方ができるか調べて」と押し戻したら、そう言う使い方が正しい製品だった。

初めての会ったプロジェクトメンバーで全く訛っていないのに、「島根とかの出身じゃない?」と聞いたら当たっていた。そもそも島根の訛りすら知らない。

システム障害のサポートに呼ばれて、障害と関係ないログを調べるよう指示したらまさかの原因が判明した。

採用面接で一次面接までの評価があまりよくなく特記事項もない方が、何か気になって1時間ほど話し込んでいたらとんでもないオープンソースのツールの作者で気がついたら滔滔と技術論を語るくらい盛り上がってしまった。


なんてことが最近立て続けに起こりました。

いずれも直感がバッチリ当たっていたり、直感を信じていれば問題を回避できていたりといった事象です。 考えてみると、結構直感が当たっていたなぁと言うのはこれまでの何度もあったような気がします。

問題は直感を信じられるか?

そう思っていると、今日たまたま見ていたTV番組に桑田真澄さんが出ていて、高校時代の甲子園で打席に立つと神様が「カーブを待て」って言うのでカーブが来るまで待っていると絶好のカーブが来てホームランを打てたと話していました。

そういえば、攻殻機動隊の草薙素子も言っているではありませんか。「そう囁くのよ、私のゴーストが」

何故かはわかりませんが、私たちが「直感」と呼んでいるものは大抵正しいような気がします。

直感に従った行動をするには、まず直感を信じられなければなりません。

論理的には飛躍しており、それが故に他者にその正しさを説明できない状況で、直感を信じて行動することはそれなりに勇気が必要です。もちろん、直感で行動して失敗した経験は私にもあります。しかし、よくよく考えてみると、多くの場合はやはり直感が正しく、失敗した場合は直感だと信じたものが自分の思惑や希望で濁っていたように思うのです。

実は、何が直感かを見分けることが難しいのです。
例えば、生理的に嫌いなタイプの相手に会った時、「こいつは苦手だ」と感じます。その後「こいつの言ってること正しいな」と 感じたとして、どちらが直感か区別するのは実は意外に難しいように思います。 これと言って正解はないと思いますが、極力自分をプレーンで冷静な状態に保っておくことが、雑念や欲に惑わされず直感を感じる 上で重要なようです。

悟りを開こう。